書いている人

2018-05-07

橋本 哲史
1965年生まれ。47歳で初めて訪れたマレーシアを起点に、インドネシア、日本、マレーシア事業家とともに、東南アジアを中心にビジネスしています。

 

最近好きな言葉

Never, never, never, never give up. - ウィンストン・チャーチル

マレーシアに辿り着くまでの軌跡

大学卒業後、物流会社に就職。研修生としてアメリカに派遣。帰国後、大学院に進学。大学院を修了後、東京で業界団体⇒専門学校⇒マーケティング会社を、サラリーマンとして渡り歩く。やんごとなき理由から地方移住を迫られ、貿易会社を設立。事業が軌道に乗り始めた矢先にリーマンショックが発生し、事業再構築を迫られる。そこで、大学院時代の研究と独立後の経験を活かし、貿易と採用コンサルタントとして、東京で再出発する。

ドバイに果物を売りに行く!!

2010年のある日。日本のある県の農産品を中国で販売するというプロジェクトチームに参加する。日本の果物は害虫がいるので、生産地である東南アジア諸国への輸出が難しい。「それなら砂漠の国に売込めば問題ないのでは?」と、ドバイに果物を売込む事になる。チームの中で最も若かった私が、ドバイに果物をハンドキャリー。果物をハンドキャリーした事から現地ビジネスマンの信頼を得て、中東との繋がりが生まれる。ドバイでの果物販売に先が見えてきた頃、東日本大震災が発生。すべてのドバイビジネスがストップする。

47歳でマレーシアへ

2013年のある日。マレーシアの日本企業現地法人事務所運営の仕事依頼を受け、初めてマレーシアの地を踏む。この時47歳。この依頼があるまで、マレーシアで事業をするなど想像したこともなかった。当然誰も知り合いがいないので、マレーシアの地元企業にメールを送りアポを取ることからビジネスを開始する。

マレーシアの最大人口は、イスラム教徒のマレー系。「マレーシアでビジネスをするなら、最大人口のマレー系を狙ったほうが面白いはず」と考え、さまざまな方面からの「中華系と組むべき」「中華系と組まないと失敗する」というアドバイスに逆張りし、マレー系のビジネス人脈を広げてみる。

マレーシア、インドネシアでムスリムインバウンド営業

マレーシアでの最初のビジネスの一つが、ムスリム向け訪日旅行の企画と営業コンサルティング。イスラム教の基本的知識しかない中、手探りで旅行企画しマレーシア、インドネシアで営業を行う。このプロジェクトを通じて、多くのマレーシアとインドネシアのビジネスマンとの交流が生まれる。

マレーシアハラール産業のプレゼンテーションを日本語で!!

ハラール産業関連の政府系公社であるHalal Industry Development Corporationの友人から、日本人視察団向けのハラール産業のプレゼンテーションを、日本語にして欲しいという依頼を受ける。翻訳の為にはハラール産業の基礎知識が必要となり、ハラール産業について学び始める。このプロジェクトをきっかけとして、ハラール産業の可能性に気づく。その後、マレーシアで専門家トレーニングを受け、ハラール産業の専門知識を習得する。

マレーシア、インドネシア、日本実業家と共同事業

現在は、インドネシア、日本、マレーシアの事業家とともに共同事業を行うことを中心に、ビジネスしています。また、マレーシアでハラール産業専門家トレーニングを受けている事から、ハラール産業関連のコンサルティング、カンファレンスでの講演等の依頼も多いです。

マレーシアでハラール専門家トレーニング受けました

マレーシア、日本でこんな講演させていただきました

マレーシア、インドネシアで私の知らない事があったらご教授ください!!

このブログは、私自身のマレーシア、インドネシア、ドバイ等での経験を元に作成しています。間違っていること、私の知らないこと等がございましたら、ぜひ、教えてください!!

Posted by 橋本 哲史