【キーノートアドレス報告】日本ハラール産業の現状と可能性
2016年11月21日-22日にマレーシア、クアラルンプールで開催された「第三回インターナショナルハラールカンファレンス2016」のキーノートアドレスに登壇させていただきました。
日本ハラール市場の概況、ハラール産業(特にハラール認証、ハラール産業コンサルティング)の課題、日本ハラール産業の可能性について、お話しさせていただきました。今回のエントリーでは、私のキーノートアドレスについて紹介します。
海外で知られていない日本ハラール産業の実態
世界のハラール産業関係者の間には、「2020年の東京オリンピックに向けて、日本でのハラール商品の需要が急拡大する」との観測があります。ここ20年間経済成長が停滞している日本ですが、それでも名目GDPで世界第3位です。海外から見れば、日本はまだまだ魅力的な市場と考えられているのです。
しかし一方で、日本ハラール産業に関する情報は、世界ハラール産業界では、あまり知られていません。その要因の一つが、言語の問題です。この結果、世界ハラール産業の知見が日本ハラール産業に持ち込まれず、日本ハラール産業の実態が世界ハラール産業界に知られていない、という状況になっています。
日本のハラール市場、ハラール認証、ビジネスチャンス
今回のキーノートアドレスでは、日本ハラール産業の実態について統計資料と私の経験から、次の三つの課題を検討しました。
- 日本ハラール市場規模:ムスリム人口とムスリム訪日観光客からみた市場規模と特徴
- 日本ハラール認証の課題:混乱、情報公開、コミュニケーション
- 日本ハラール産業のビジネスチャンス:ムスリムツーリズム、OEM生産+JAKIM認証取得、日本と海外ハラール市場を繋ぐビジネスプラットフォーム
日本ハラール市場規模:ムスリム人口とムスリム訪日観光客からみた市場規模と特徴
日本国内のムスリム人口は、大きくありません。2015年の在留外国人統計から推計すると、ムスリム人口が多い国上位8ヶ国の在留者の合計が、約8万人です。これに、その他の国のムスリム、日本人改宗者とその家族等を加えた、10万から40万人程度が、日本のムスリム人口と考えられます。日本でのムスリム人口の割合は、全人口の0.2%程度です。そしてこれらのムスリム達は、日本各地に分散して住んでいます。
ここ数年、ムスリム訪日観光客が急増しています。日本政府観光局の統計によれば、そのほとんどを、マレーシアとインドネシアが占めていると推定されます。両国からの訪日観光客は、2015年度で約50万人にのぼっています。2015年度の訪日観光客数は、ほぼ2000万人でした。この数値から推計すると、ムスリム訪日観光客の割合は、全体の2%程度と推定されます。
これらの数値は、日本全体の市場規模と比較して日本ハラール市場規模が、あまり大きくないことを示しています。
日本ハラール認証の課題:混乱、情報公開、コミュニケーション
このブログのエントリーでも2014年に既に取り上げましたが、日本には数多くのハラール認証機関とハラールコンサルティング企業が存在します。
それぞれのハラール認証機関やハラールコンサルティング企業は、自らのハラールの認定基準を持っているはずです。また、日本在住のムスリム達は、世界のイスラム諸国から集まってきています。かれらのハラールに関する考え方は、イスラム教の教義を共通の基礎としながら、それぞれの風土や社会の要件を含み構築されています。
そのため、「ハラール産業の視点から見れば、ハラールかどうかの判定基準が日本には複数存在している」と言わざるをえません。
現代のハラール認証に求められる要件:情報公開
ハラール産業の視点に立てば、現代的なハラール認証は、明確な認証基準、審査方法、監査方法等の情報公開が必須です。多くのイスラム諸国は、ハラール食品を輸入しています。そのため現代のムスリム消費者は、ある食品を消費できるかどうかを知るために、商品を購入する商店主や地元モスクからの情報だけでは、不十分な場合があるのです。そのため、ハラール認証機関の情報公開が重要になるのです。
情報公開とコミュニケーションが不十分な日本ハラール認証機関
私は、インターネット上で見つけた33の日本のハラール認証機関とハラールコンサルティング企業に、ハラール認証基準、審査方法、監査方法の公開状況について、メールで問合せを行いました。
その結果は、メールに返信をくれたのは4社のみです。メール及びサイト上でハラール認証基準を公開している組織は、1社もありませんでした。日本語での認証基準を持っていることが明らかになった組織は、1社もありませんでした。
ローカルハラール認証制度の課題
日本には、お酒やイスラム式に屠畜していない肉や豚肉を提供しているレストランに、ハラール認証を発行している認証機関があります。日本の現状に合わせたハラール認証基準として、「ローカルハラール」と称しています。しかし、世界のハラール産業基準では、これはありえません。ローカルハラール認証は、ムスリム消費者の混乱を招き、日本ハラール産業の評判を落とすだけです。
ここまでの検討で、日本ハラール産業の特徴が明らかになりました。
- 日本ハラール市場の需要規模:日本全体の市場規模と比較すると、非常に小さい。
- 日本ハラール産業界の混乱:数多くのハラール認証機関と認証基準
- 日本ハラール認証機関の課題:情報公開とコミュニケーションの不足
- ローカルハラール:日本産業の現状に合わせた世界水準とは異なるハラール認証基準
日本ハラール産業のビジネスチャンス:ムスリムツーリズム、OEM生産+JAKIM認証取得、日本と海外ハラール市場を繋ぐビジネスプラットフォーム
私の今までのハラール産業での取組を基に、日本ハラール産業の可能性について、次の課題を検討しました。
- ムスリムフレンドリーサービス:情報公開と説明によるムスリムツーリズム
- OEM製造+JAKIM認証取得:マレーシアでのコンサルティング事例
- 日本ハラール産業振興:NPOによる日本と海外ハラール市場を繋ぐ実効性のあるプラットフォーム
ムスリムフレンドリーサービス:情報公開と説明によるムスリムツーリズム
マレーシアとインドネシアのVISA取得要件が緩和されたことにより、ムスリム訪日観光客は、前年比20%以上増加していると考えられます。この傾向は、東京オリンピックに向けて、継続すると想定されます。
海外旅行の最大の楽しみの一つは、ローカルフードです。ムスリム訪日観光客でも、それは変わりません。日本のムスリム訪日ツアーでは、ハラール認証取得レストランやハラールと自称しているレストランを利用する事が多いです。このようなレストランの多くが、ムスリムが多く住む国の料理を提供しています(マレーシア、インドネシア、中東、インド、パキスタン料理等)。
しかし、ムスリム訪日観光客の多くは、日本料理が食べたいのです。そこで私のコンサルティング先の旅行会社では、使っている食材、調味料、調理方法等を自らチェックし、レストランと協力して「ハラール」な日本料理を提供しています。料理の内容を詳細にお客様に伝えることによって、お客様自身に納得して選んで貰うのです。
この方法を取ることによって、日本のどこでも安心して日本食を、楽しんでもらうことができています。
OEM製造+JAKIM認証取得:マレーシアでのコンサルティング事例
日本企業が世界ハラール市場向けの商品を製造する場合、マレーシアで製造しJAKIM認証を取得する方法が、最も合理的です。なぜなら、マレーシアには、長年のハラール製造の経験があり、人材、原材料等、必要な資源へのアクセスが容易だからです。この方法は、現地生産というリスクが伴います。しかし、ハラール資源へのアクセスの容易さと、世界ハラール市場で最も信頼されているハラール認証を取得するというブランディング効果を考えると、リスクを取る価値があります。
現在、日本企業のサプリメント製造のコンサルティングを行っています。マレーシアでOEM製造しJAKIM認証を取得し、2017年にはマレーシアで販売が開始されます。その後、インドネシア、ドバイ等へと販路を広げる予定です。
日本ハラール産業振興:日本と海外ハラール市場を繋ぐ実効性のあるプラットフォーム
マレーシアでハラール産業と関わった2年間の間に、マレーシアのハラール産業関係者とは日本ハラール市場の混乱と日本でのビジネスの難しさについて、日本のハラール産業関係者とは世界のハラール市場へのアクセスの難しさについて、何度も議論してきました。
この課題を解決する為に、マレーシアのハラール企業関係者とともに、日本ハラール産業界の啓蒙と日本と世界のハラール市場を繋ぐ実効性のあるビジネスプラットフォームの構築を目的としたNPOを、日本で設立いたします。
このNPOは、マレーシア基準のハラール産業トレーニングを日本企業に提供し、世界ハラール市場(マレーシア、インドネシア、欧州、ドバイ、中央アジア等)へのアクセスとビジネス・マッチングのプラットフォームを提供します。すでに、マレーシアと日本のハラール市場でビジネスを行っているマレーシア企業、マレーシアの公的検査機関、欧州のハラール認証団体等と、協力しています。
日本でのハラールビジネスでは継続性を重視したビジネスプランが必須
日本では、ムスリムインバウンドを中心としたハラール市場に、大きな期待が寄せられていいます。しかし、実際の統計データを冷静に見てみると、国内のハラール市場には、十分なマーケットボリュームが無いようです。このような日本ハラール市場でビジネスを成功させるためには、継続性のあるビジネスプラン、マーケティング、コミュニケーション等が必須です。顧客、商品、立地等を十分に検討しなければ、ビジネスを継続するだけの利益が得ることができないからです。
一方、海外ハラール市場に目を向けてみると、日本ハラール産業界は、世界ハラール市場の水準に達していません。日本も世界のハラール産業先進国であるマレーシアやインドネシアに、学ぶ必要があるのです。
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インターナショナルハラールカンファレンス2016のキーノートスピーチでは、海外では知ることの難しい日本ハラール産業の現状と可能性を主題としたことから、非常に多くの反響をいただきました。スピーチ終了後にはカンファレンス会場で幾つかのプロジェクトへの協力オファーを頂き、実施に向けて準備に入っています。また、カンファレンスを主催したACIS UiTMは、2018年に日本での開催を希望しています。日本での開催に関して、私も微力ながらご協力させて頂きたいと思います。
参考資料: